「貧乏」だったけど「不幸」ではなかった。母が教えてくれた大切なこと

Uncategorized

こんにちは。奨学金男です。
私は現在、2100万円の奨学金を返済中の30代、独身、168cmの男です。
高校2年生から母子家庭で育ち、三浪して6年制の大学に進学。現在は会社員をしています。

私についてはこちらの記事を読んでください。

奨学金、貧困、そして「弱者男性」――。
このブログでは、そんな私自身のリアルな体験を元に、今まさに同じような境遇にある方へ向けて、役立つ情報や気づきを発信しています。


かりゆし58の「アンマー」と私

アンマーよ あなたは私のすべてを許し すべてを信じ すべてを包み込んで…

初めてこの曲を聴いたときは衝撃を受けました。
私が育った家庭は、まさにこの歌詞の通りでした。
沖縄出身ではありませんが、「アンマー」のような母に育てられました。

我が家はあの頃からやはり 裕福な方ではなく
友達のオモチャや自転車を羨ましがってばかり

母は、父を亡くした後、その悲しみに負けずに女手一つで私を育ててくれました。
元々貧乏でしたが、父を失った後はより貧乏になりました。

アンマーよ 私はアナタに言ってはいけない
決して口にしてはいけない言葉を
加減もせずに投げつけてはアナタの心を踏みにじったのに
アンマーよ アナタはそれでも変わることなく
私を愛してくれました

それでも、反抗期真っ只中の私を辛抱強く育ててくれました。


「貧乏」は事実、「不幸」は主観

世の中には「お金がない=不幸」と思う人もいるかもしれません。
でも、私はあの時代を「不幸だった」とは思っていません。
いや、母が不幸を感じさせないようにしてくれていたのだと思います。

Wワーク、トリプルワークをしながらも毎日朝・昼・晩ごはんを作ってくれ、
朝に弱い私を毎朝起こして、家事も全てこなしていた母は、本当にすごい母親です。

反抗期だったから会話こそ少なかったですが、この母の愛を享受していたからなのか、
当時の私は「お金がない」ということはわかっていましたが、「不幸」だとは思っていませんでした。

ただ、今になって思うのは、私は不幸ではなかったかもしれませんが、母はどう思っていたかわかりません。


奨学金2100万円。それでも私は大学に行った

勝手気ままに遊びまわる 本当にロクでもない私が
真夜中の静けさの中 忍び足で家に帰ったときも
狭い食卓の上には 茶碗が並べられていました
自分の弱さに目を背け 言い訳やゴタクを並べ
何もせずにただ毎日をだらだらと過ごし続け
浴びる程に飲んだ私が 明け方眠りに落ちる頃
まだ薄暗い朝の街へ 母は出て行くのでした

高校卒業後、私は3年浪人しました。お金がなかったので、父の墓代を使い切り、教育ローンも借りて浪人していました。
それなのに、私は勉強を必死にやっていたかというとそうではなく、遊びまわっていることもありました。
酒は飲んでいませんでしたが、歌詞の通り、夜遊びをして明け方帰ることもありました。
そんな「穀潰し」の私に対して、母は何も言わず、私の世話をしながら身を粉にして働いていました。

当時は何も考えていない私は、感謝もせずに当たり前のこととして享受していました。

ようやく入れた大学は6年制。進学には莫大な奨学金が必要でした。
最終的に借りた奨学金は、合計で2100万円。実家も支援できる余裕はなく、私一人の背負う重さとしては相当なものです。

今、返済は始まっています。利子もあるため、教育ローンは早々に返しました。
教育ローンは私が社会に出るまでは母が肩代わりして払ってくれていましたが、その後一括返済をして、母が返していた分も返しています。
現在は無利子と低金利の奨学金のみなので、余裕こそありませんがなんとか返せています。


「貧乏」を言い訳にしない

「貧乏」でも、私を育て上げた母の背中を見て、お金がないことを言い訳にしてはいけないと学びました。
お金がなくても、まずは目の前のことを必死にやる。
それが、母が背中で教えてくれたことです。

度が過ぎるほどの頑固さも わがままも卑怯な嘘もすべて
すべてを包み込むような愛がそこにはありました
アナタのもとに生れ落ちたことは こんなにも幸せだった
今頃ようやく気付きました こんな馬鹿な私だから

私は弱者男性と呼ばれる側の人間かもしれません。
背も高くないし、イケメンでもない。家も裕福じゃなかった。
それでも、必死になって生きなくてはいけない。
母の元に生まれ落ちたことは本当に幸せなことです。
逃げてしまっては、母に申し訳が立たないです。


最後に:「あなたはあなたでいい」

もし、今このブログを読んでいるあなたが、

  • 奨学金を借りようか悩んでいる高校生
  • 奨学金の返済に苦しんでいる社会人
  • 自分のことを「弱者男性」だと思っている人

だとしたら、私は伝えたい。

「貧乏=不幸」じゃない。
自己否定こそが、人生の一番の毒だ
と。

奨学金返済も、貧困も、孤独も、確かに重い。
でも、そこから何かを掴むことはできる。
私は、母の生き様に支えられて、今も歩いています。

コメント

タイトルとURLをコピーしました