こんにちは、奨学金男です。
昨日、私は自身の経験を綴った記事「国家資格を取っても貧困は終わらなかった話|2100万円の奨学金を背負った私のリアル」を公開しました。
実はあの記事を書くきっかけとなったのが、Xで獣医師界隈を中心に話題になっていた【こちらのポスト】です:
このツイートを見たとき、私は「これ、自分のことか?」と錯覚するほど、共感の波に襲われました。
国家資格=安泰、という幻想
「国家資格を取れば食いっぱぐれない」
「資格があるから将来は安心」
「ちゃんと勉強して、資格を取って、努力すれば報われる」
── こうした言葉、耳にしたことがありませんか?
私もかつて、そう信じていました。
大学受験で3浪したあと、6年制の私立大学に進学し、国家資格を取得。学費と生活費のほぼすべてを奨学金と教育ローンでまかない、借金は合計2,100万円。
「ここまで頑張ったんだから、もう人生上がりだろう」
心のどこかで、そう思っていました。
でも、現実は違った。
私についてはこちらの記事を読んでください。
資格があっても、賃金が低すぎて生活できない
話題のポストでは、獣医師の労働環境が描かれています。
── 年収400万円台。
それは、まさに“医療職”や“福祉系国家資格”の多くに通じる現実です。
そして私もまた、似たような状況にいます。
国家資格を活かした職に就いても、最初の手取り月収は20万円台前半。
そこから家賃・光熱費・通信費・食費を差し引き、奨学金返済をしたら、貯金も娯楽もほぼ不可能。
同僚と飲みに行く余裕もない。
恋愛も結婚も躊躇する。
将来どころか、今日・明日の生活すらギリギリ。
「努力して資格を取れば、幸せになれる」は誰の言葉?
この構造の中で苦しんでいる人は、私だけじゃない。
ツイートのように、獣医師や看護師、保育士、介護福祉士など──
社会に必要不可欠な「ケア労働者」が、過酷な現場で、低賃金で、心身を削って働いている。
それでも、世間の声はこうです:
「国家資格あるなら大丈夫でしょ」
「やりがいある仕事でしょ?」
「もっと頑張ればいいじゃん」
これらの言葉は、現場を知らない“他人”のもの。
そして、それを自分に言い聞かせてしまっていたのが、過去の私でした。
「資格は人生の救済」ではなく、「沈まないための浮き輪」
国家資格は、確かに「無資格よりはマシ」な状況をつくるかもしれない。
でも、それは決して「報われる」「豊かになる」「抜け出せる」ことを保証するものではありません。
あのツイートのように、資格があっても貧困。
資格があっても不安定。
資格があっても、報われない。
国家資格とは、「沈みゆく貧困の海で、なんとか溺れないための浮き輪」にすぎなかった──
私は今、そう痛感しています。
「それでも、前に進むしかない」からこそ、共有したい
この現実はつらい。
だけど、同じように苦しんでいる人がいる。
だからこそ、こうして記事を書き、言葉にして届けたいと思いました。
- 「奨学金で人生が詰みそう」な人
- 「国家資格を取ったのに生活が苦しい」人
- 「もう頑張れない」と感じている人
あなたは、あなただけじゃない。
制度も社会も変えなきゃいけない。
でもまずは、「自分を責めないで」と伝えたい。
最後に:話題のツイートが教えてくれたこと
あのツイートが話題になったのは、「国家資格=安泰」という幻想が、いかに多くの人の人生を傷つけているかの証拠だと思います。
この記事を読んで、「あ、自分だけじゃないんだ」と思ってもらえたらうれしいです。
これからも私は「脱・弱者男性」を目指して、現実をありのままに綴っていきます。
どうか、また読みに来てください。
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